東京高裁判決は総務省のやり方を是認していない
    〜PLC技術にストップを掛けたアマチュア無線家の闘い〜


                         海渡 雄一
                       (PLC訴訟弁護団)


はじめに

 皆様の依頼を受けて、只野靖、村上一也弁護士とともに闘ってきました、PLC機器型式指定取り消し訴訟の一審東京高裁判決がこの3月2日に出されました。

 この事件は2012年12月5日付の総務大臣による異議棄却決定電波監理審議会の決定に対する不服を申し立てていたものです。この事件は最初から、地方裁判所ではなく、東京高裁で審理することが電波法で定められています。結果は私たちの請求を棄却するものでした。

 私たちの事件を審理された東京高等裁判所第23民事部の水野邦夫裁判長は、弁護士から裁判官になった方で、判決の要旨を法廷で読み上げ、判決内容を傍聴の原告の皆さんにわかりやすく説明してくれました。

 通常は、判決は結論だけを告知するもので、このような丁寧なやり方は異例なものです。

 事務局の皆さんと相談をして、この判決には私たちの主張を認めた部分もあり、最高裁には上告しないことを決めました。

 以下に判決の内容を簡単にご説明し、この事件とこの判決の意義について述べてみたいと思います。


1 PLCは過去の技術である

 みなさんから、この事件を依頼されたのが、2007年のことでした。すでに9年が経過しています。

 みなさんアマチュア無線家たちが、電波妨害の発生を防止するために、電子機器の型式承認の取り消しを求めるという非常に珍しい事件の依頼で、電波に関する技術的に難しい問題を取り扱う事件で、当初は理解がなかなか難しかったのも事実です。

 PLC機器は、家庭内の電気配線をLANコードと同様に電子機器を結ぶための経路として利用することを用途としています。発売した業者は数十万台を出荷したと報告していますが疑わしく、いまではほとんど販売されていません。

 都内の大手電機店のほとんどの店舗では既に販売しておらず、大型店にはルーターなどを販売している区画の片隅にひっそりと置かれているだけです。

 この技術はLANコードを家中に張り巡らすことが面倒だというところから発想された技術ですが、無線LANが一般的となったことで、家庭用電気配線を使うというメリットは全く失われています。

 なによりも、この技術に基づく製品は全く売れていないし、これまで販売されたものの多くも無線LANやイーモバイル、ワイマックスなどの高速データ通信など設置場所に拘束されない新技術に取って代わられ、売れた機器も使われていないと推測されます。

 PLC技術の許容性を判断する際にまず前提としなければならないことは、同じ便宜を得るためにPLC技術は唯一の手段ではなく、他の選びうる、格段に電波妨害の可能性が低い、しかも性能に優れた技術があるということなのです


2 電波障害が発生しうることを認めた判決

 今回の判決は、私たちの主張について丁寧に事実を認定してくれています。

 例えば、判決は、「原告らは,本件技術基準は,コモンモード電流値をコンセントで測定する方法により,PLCによる他の無線通信への妨害を有効に防ぐことができるとするものであるが,屋内配線上においてコモンモード電流は均一ではないし,屋内配線のどこで電流値が最大になるかは,屋内配線の状態によって変化することからコンセントのコモンモード電流の値から屋内配線の電流値を推測することすらできないとし,コンセントで測定する方法ではおよそ漏えい電波の強度を捕捉し得ないと主張し,証拠(甲139,参考人北川)の中にはこれに沿う部分が存在する。

 さらに,証拠(甲143,176の1,参考人北川) によれば,ドイツのCISPR委員である Dunker氏と SiSolefsky氏によって,インピーダンス安定化回路網(1SN)を用いて測定したコモンモード電流は, PLC機器そのものから発出するコモンモード電流(LCM,ローンチドコモンモード電流)について正確であるが,屋内配線の途上,線路が不平衡な箇所でデファレンシャルモード電流から変換されて発生するコモンモード電流(CCM,コンパーテッドコモンモード電流)については大幅に過小評価されるということが理論的に証明されたとする文書が, 2007年と2008年にCISPR委員会に提出されたことが認められ,この事実も原告らの主張に沿うものであると認められる。」とし、さらに結論として「本件技術基準がコモンモード電流値をコンセントで測定すれば足りるとしたことによって,現実の屋内配線における条件次第で本件技術基準が想定するよりも大きな漏えい電波が発生することを否定しきれず,また,これに代わる規制方法の代替案があるとしても,そのことから直ちに本件技術基準を定めるにあたっての総務大臣の判断の前提となった事実の評価が明白な合理性を欠き,その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くとまではいえない。」として、大きな電波漏洩が発生し、電波障害が起こりうるという私たちの主張の根幹を認めているのです。


3 電波妨害が生じていないのはなぜか

 にもかかわらず、結論が敗訴となったのは、妨害の事実の立証ができなかったからです。

 パソコンや無線LAN、さらには自動車なども妨害電波を発する機器ではありますが、その漏洩電波は非常に少ないものです。それに引き換え、電力線を使うPLCの発する妨害電波はけた違いなのです。

 電波監理審議会決定においては、妨害の訴えが現実に発生していないということを判断の根拠とされ、この点は今回の判決でも踏襲されています。

 判決は、「原告らが指摘するように,本件PLC機器には,製造業者によってアマチュア無線利用周波数帯についてノッチフィルターが挿入されているのであり,上記のとおり被害が発生していないのは,このノッチフィルターの効果によるところが大きいとの可能性はある。

 しかし,そのような推測が成り立つとしても,ノッチフィルターを挿入していないPLC機器(現実には製造販売されていない。)の現実の使用における「危険性」についての証明は必ずしも十分とは言い難い。」と判断しました。

 さらにいえば、現実にこの技術がほとんど使用されてなくなっていることも妨害が確認できない理由だとも考えられます。
 

4 けものみちとパワーショベル

 しかし、被害が出てからでは遅いのです。妨害の予防こそが求められていたといえます。 

 平成11年に初版が発行された『図解 EMC用語早わかり』という書籍があります。この本のまえがきは、私たちが証人として尋問することを強く求めていた不要電波問題対策協議会会長の佐藤利三郎氏が書かれています。

 この本のプロローグに「この本を読まれる前に」と題する章には、次のように書かれています。

 「ところが、最近のように[ものごとの進行のスピード]が速くなってくると、[気のつき方]が少しでも遅れると、結果的に[取り返しのつかない状態]にはまりこんでしまうことも増えてきた。」と書かれている。そして続く3ページに「傷だらけの山河」の絵が掲載され、大略次のような話が書かれている。

 森の中に長い時間をかけて曲がりくねったけものみちができ、村人もこれを利用していた。村人はまっすぐな舗装道路ができることを望み、ある日パワーショベルとブルドーザーがやってきてまたたくまに[立派な?]舗装道路が作られた。住民は便利になったと喜んだが、森は枯れ雨が降ると土砂崩れが起き、海の中まで土石流が流れ込み、珊瑚礁を痛めてしまった。

 この説明は大変わかりやすく、取り返しのつかない電波妨害の発生を未然に防ぐためのEMC技術の重要性を語っているものです。

 けものみちはアマチュア無線など電波を発信する様々な人々が長年を賭けて築いてきた電波秩序を表しています。これに対してパワーショベルとブルドーザーはまさに傍若無人のPLC技術にこれをなぞらえることができるでしょう。

 PLC技術を利用する人々は、自ら電波の発信者であるという自覚もなく、妨害電波を発信し、誰がこの装置を購入したかもわからないのです。したがって事後的な対策などは不可能で、事前規制に失敗すれば、あとには電波の荒野だけが待っているのです。

 電波を発信していると自覚し、発信者が特定されている電波妨害に対しては事後的な対策もとることが可能です。しかし、PLCがもし爆発的に繁殖してしまったら、そのときの電波妨害には、もはや取り返しがつかないのです。

 すくなくとも、PLC技術に関する限り、電波障害の予防措置の完全性こそが求められていたのです。PLCに対する規制は、事前規制がすべてであり、本質的に事後規制は無効だということを私たちは強く訴えました。この主張が認められなかったことは誠に残念です。
 

5 PLC技術についての倫理的考察

 財団法人電子情報通信学会の機関誌『電子情報通信学会技術研究報告』技術と社会・倫理 107(375), 29-31, 2007-12-04に「高速電力線通信導入における社会的受容に関する倫理的考察」と題する論文が掲載されています。PLC技術をめぐる本件訴訟を含む法的な紛争を倫理的な視点から考察した、興味深い論考です。

 この論文によれば、「高速電力線通信(PLC)は,すべての人々に歓迎されているわけではない。その理由は,既存無線設備,特に,微弱な信号を扱うアマチュア無線や電波天文学などの無線設備に対して、PLCの漏洩電界による影響が懸念されているからである。ここでは,電磁環境と環境問題の類似性に着目し、電波の公平な利用について,環境の正義の立場で考察した。」とされています。

 ここで指摘されている次のような論点は、本件における法的な価値判断の基軸とされるべきものです。

 1 信号電波に対するノイズは環境を及ぼす因子と同様に扱うことができる。

 2 PLCの漏洩電界の影響についても、不確かな部分が含まれ、環境問題と共通している。

 3 電波は、地球的規模での公共財としての価値がある。

 4 アマチュア無線の文化や電波天文学の研究的価値などのマイノリティの保護と、電波利用の経済的価値の推進という構図が、環境問題における、富裕層と貧困層の問題と類似している。

 そして、PLCの導入によって利益を受けるのはメーカーとユーザーのみであり、負担を負うのはアマチュア無線家や電波天文学の側だけなのです。そして、PLCの利用には不正義が存在し、これを是正するために両者が同じ場で議論することを提案したいと提案されていました。


6 判決は、総務省のやり方を是認したものではない

 電波監理審議会における審理は、このような議論の場として設定され、私たちの申立は結論としては退けられましたが、佐藤歳二主任審理官の改善意見の開陳、さらにはこれが電波監理審議会の意見へと反映され、総務大臣の型式承認の判断を事実上見直すよう厳しい勧告がなされました。

 私たちは、この決定に不服でしたが、電波監理審議会が問題点として指摘した部分には私たちの意見が反映されていました。そして、今回の判決は、この見解を引き継ぎ、結論では国を勝たせましたが、総務省のこれまでのやり方にイエローカードを出したものといえるでしょう。

 結論は敗訴となりましたが、皆さんの訴えは、PLCの蔓延に歯止めを掛け、電波行政に対する問題提起としても大きな意味がある事件だったと思います。

 草野さんをはじめとする事務局の皆さん、そして電波監理審議会と裁判の傍聴に通って下さった原告のみなさんに、心から感謝します。ご苦労様でした。